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仙台高等裁判所 昭和61年(ラ)50号 決定

抗告人

松川伝治

相手方

山口三雄

主文

原決定を取り消す。

相手方に対する、原決定添附目録記載の不動産の売却を不許可とする。

本件手続費用は相手方の負担とする。

理由

一本件執行抗告の趣旨は主文第一、二項同旨の決定を求めるというのであり、その理由の要旨は「抗告人は原決定添附目録記載の不動産(売却不動産という。)の所在地の近くに居住する者であり、売却不動産の入札をなすべき期間内に、入札保証金二二五、九二〇円を預託し、最低売却価額より高額の六〇八万円の入札価額により、買受申出をした者であるが、原裁判所は、抗告人より低額の五五〇万円の入札価額により買受申出をした相手方に対し、売却不動産の売却許可決定をなした。しかし、右売却許可決定は、最高価買受申出人でない相手方を最高価買受申出人と誤認してなされたものであるうえ、相手方は、売却不動産を農地として利用する意図がなく、他に転売する目的で買受申出をしたものであるから、同人に対する売却許可決定は違法である。最高価買受申出人は抗告人であるから、売却不動産は抗告人に対して売却されるべきものである。よつて、原決定の取消と相手方に対する不動産の売却を不許可とする旨の決定を求める。」というにある。

二原審の不動産競売事件記録によると、原審は、売却不動産について、最低売却価額を一、一二九、六〇〇円、買受申出の保証金額を二二五、九二〇円と定めて、期間入札の方法により売却することとし、昭和六一年三月二七日、入札期間を同年五月六日から同年同月一三日まで、開札期日を同年同月二〇日午前一〇時、売却決定期日を同年同月二七日午前一〇時とする旨の期間入札の広告をしたうえ、売却を実施したところ、入札期間の末日である同年同月一三日に、相手方が、所定の入札書用紙の各該当欄に入札金額五五〇万円、保証の額二二五、九二〇円とそれぞれ記載した入札書を、買受適格証明書を添えて提出するとともに所定の保証金額を預託して買受申出をなし、また抗告人も同日、所定の入札書用紙の「入札価額」欄を空欄とし、その下段の「保証の額」欄に「金六、〇八〇、〇〇〇」円と記載した入札書を、買受適格証明書を添えて提出するとともに、所定の保証金額を預託して買受申出をしたが、そのほかには上記入札期間内に買受申出をした者がなかつたこと、これに対し執行官は、開札期日において相手方だけが適法に入札したものとしたこと、そして原審は、売却決定期日において、相手方を最高価買受申出人として売却許可決定をなしたことが、それぞれ認められる。

以上の事実関係によれば、抗告人の提出にかかる入札書には、「入札価額」の欄が空欄となつているけれども、その下段の「保証の額」欄に所定の保証額より格段(二〇倍以上)の多額である六〇八万円の記載があり、所定の保証額(二二五、九二〇円)は別に預託されているのであるから、「保証の額」欄に記載された六〇八万円は、本来「入札価額」の欄に記載すべきものを誤つて別の欄である「保証の額」欄に記載したものであつて入札価額を意味するものであることは社会通念に照らし明らかである。

したがつて、入札価額の欄になんら記載もなく、かつ後記説示のように特段の事情の窺われない本件においては抗告人の入札書には六〇八万円の入札価額の記載があるものと認めるのが相当であるから、同額の買受申出がなされたものと認めるのが相当である。そして、入札書の上記の如き記載方法の誤り(なお、抗告人の入札書には保証の額の記載がないことになるが、これは民事執行規則四九条、三八条所定の必要的記載事項ではなく任意的記載事項である。)は、その入札行為を違法とし無効ならしめるものではないと解するのが相当である。

もつとも、執行裁判所が個々の入札の効力を判断するに当り、手続の迅速性と明確性の要請を満たすために入札書の形式的な記載を重視し、画一的に処理することが必要であることは否定し得ないけれども、入札のような執行手続と関連する行為であつても、やはり、誤解、軽率その他の事由により形式上入札書の一部の記載を誤つたことが明らかであるようなときにはできる限り、その真意を探究してその入札行為を有効なものとして、その当否を判断することは許されるというべきであり、このように解したからといつて法的安全を害し、又関係者の地位を不当に不安定にするものとはいえない(本件一件記録に徴しても抗告人がなんらかの意向をもつて若しくは不当な事態を生ぜしめるような背景のもとに、誤記したというような特段の事情は窺われない。)。かかる見地に立てば、抗告人のした買受申出は有効であるというべきである。

してみると、上記入札による売却においては、抗告人を最高価買受申出人、相手方を次順位のそれと認めるのが相当であるから、相手方を最高価買受申出人と誤認して相手方に対し売却不動産の売却を許可した原決定は結局違法であり、取消を免れない。

よつて、本件執行抗告は理由があるから、民事執行法二〇条、民事訴訟法四一四条、三八六条に従い原決定を取り消し、相手方に対する売却不動産の売却を不許可とし、本件手続費用を相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

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